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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)61号 判決 1962年2月20日

原告 株式会社島津製作所

訴訟代理人 清瀬一郎 外一名

被告 青木清一

訴訟代理人 上林輝治

主文

特許庁が昭和三二年抗告審判第二、六二八号事件について昭和三六年五月八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告株式会社島津製作所(以下原告会社という。)は、昭和二九年一月二〇日登録以来特許第二〇三、五三六号の特許権(以下本件特許権という。)を有して来たところ、もともと、この特許にかかる発明は、井上丈夫と宮部市三郎とが共同して発明を完成したものであつて、原告会社は、この両名から特許を受ける権利を譲り受けて特許出願し、これに対し右のとおり特許権の設定の登録がされるにいたつたものである。ところが、被告は、この特許にかかる発明は井上と宮部との共同発明ではなく、宮部の単独発明であると主張して昭和三一年二月特許無効審判の請求をし、昭和三一年審判第四八号事件として審理されるにいたつたが、この審判手続の進行中、原告会社は、宮部に対し本件特許権の共有持分二分の一を譲渡した。そのため、宮部は、原告会社とともに右審判事件の被請求人となつたところ、その後昭和三二年一一月四日本件特許を無効とする旨の審決がされるにいたつた。原告会社は、この審決に対し抗告審判の請求をしようとしたが、共同被請求人であつた宮部が抗告審判請求に同意しなかつたので、同年一二月二六日単独で抗告審判の請求をし、昭和三二年抗告審判第二、六二八号事件として係属した。

二  ところが、特許庁は、右抗告審判の請求に対し、共有にかかる特許権について特許無効の審決を受けた場合にその審決を破棄すべきかどうかは特許を受ける権利を共有する全員につき合一にのみ確定すべきものであるから、この抗告審判の請求は権利者全員が共同して提起することを要するところ、原告会社だけが請求人になつている本件抗告審判の請求は不適法であるとして、昭和三六年五月八日請求却下の審決をし、その審決の謄本は、同月一七日原告会社に送達された。

三  けれども、右審決は、つぎの理由により違法である。すなわち、本件特許権は原告会社と宮部との共有に属するところ、被告からその特許無効の審判の請求を受けたのであるが、これに応じ、特許が有効で存続しうべきものであることを主張して争うことは共有の目的物についての保存行為たる性質を有するものであつて、民法第二五二条但書の規定の趣旨にかんがみ、各共有者においてこれをすることができるものというべきである。そして、右審判またはその抗告審判においては共有者全員が当事者となることが必要であり、その審決は共有者の全員につき合一にのみ確定されるべきものであるから、共同当事者の一人の訴訟行為でもその会員に利益なものはその全員のために効力を生ずるものとしなければならないのであつて、原告会社が単独でした本件抗告審判の請求も、共有者全員のために利益な保存行為として他の共有者である宮部のためにも効力を生じているのである。もつとも、特許を受ける権利または実用新案の登録を受ける権利が共有に属し、共有者が共同で特許または登録の出願をしたのに拒絶の査定がされ、これに対しさらに抗告審判の請求をしたが請求不成立の審決がされたため、特許庁長官を被告としてこの審決の取消を求め出訴する場合には、共有権利者全員が共同して訴の提起をしなければならないのであるが、本件の場合を、この場合と同様に考えてはならない。なんとなれば、特許を受けまたは登録を受けるということは、共有する権利に対し変更を生じさせる行為であるからであつて、一方で国家の保護を受けうるけれども、他方で発明や実用新案の内容を公知にし、また特許料や登録料の支払その他の義務を生じさせることになるからである。

したがつて、原告会社が単独でした抗告審判の請求は不適法とされるべきものではなく、本件抗告審判においては、原告会社と宮部とを当事者として審理すべきであつたわけである。ところがことここにいでず、原告会社の本件抗告審判の請求を不適法として却下した本件審決は、違法であり取消を免れない。

なお、宮部は、本訴の提起についても共同しないが、原告会社による単独の本件抗告審判の請求が適法でありその効力が宮部に及ぶとの前述の理由と同様の理由によつて、本訴提起の効力も宮部に及び共同原告となるものである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  本案前の申立

(一)  本件訴を却下するとの判決を求める。

(二)  本件は、原告会社と宮部との共有名義にかかる特許権についての特許無効の抗告審判の審決に対する審決取消の訴であつて、右両名について合一にのみ確定すべきいわゆる固有必要的共同訴訟であるから、右両名が共同して訴を提起し原告とならなければならない。ところが、本件訴状には宮部の記名なつ印がないばかりでなく、訴訟代理人に対する訴訟委任状の提出もされていない。したがつて、宮部と共同してされていない原告会社の本訴は、当事者適格を欠くものの提起にかかり不適法であるから、却下されるべきである。なお、原告会社は、特許権の共有者としてした本訴の提起が他の共有者である宮部にも効力がある旨主張しているけれども、これは、特許権の共有者の一人が単独で適法な訴の提起ができるかどうかと訴を提起した後の訴訟行為が他の共有者にも効力を有することとを混同するもので、誤りである。また、本訴提起が保存行為となるとしても宮部の意思に反してまで本訴を提起することは許されない。

二  本案の答弁

(一)  「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

(二)  請求原因第一、二項の事実は、共有持分の割合の点を争うほか、すべて認める。同第三項の点を争う。

本件特許権は原告会社と宮部との共有として登録されているのであるから、この特許を無効とする審決に対する不服の抗告審判の請求は、右両名が共同してしなければならない。この抗告審判における審決は、共有者全員について合一にのみ確定されなければならないからである。この場合、共有者全員が共同して抗告審判の請求をし全員が当事者となつてはじめて、当事者適格を有するにいたるのであつて、その全員から抗告審判の請求がされることが審判請求の適法要件である。このようにして適法な抗告審判の請求がされた後の審判手続においてこそ、その共同当事者の一人がした審判に関する行為はその全員に利益なものは他の共同当事者についても効力を有することとなるのである。ところが、本件抗告審判については旧特許法施行規則第一条第二項に定める請求人としての宮部の記名なつ印がなく、原告および宮部の共同の抗告審判の請求がされていないから、本件抗告審判の請求は、当事者適格を有しない者がしたものであつて、この請求を却下した審決は正当である。また、抗告審判の請求は、いわゆる保存行為に当らない。たとえ保存行為になるとしても、原告会社は、他の共有者である宮部においてこれに同意しない旨明示していたのであるから、その意思に反して単独で本件抗告審の請求をすることはできない。

第四証拠

原告会社は、甲第一号証、第二号証の一ないし八を提出し、被告は、甲号各証の成立をすべて認めた。

理由

一  本案前の申立について

成立について争のない甲第一号証(昭和三二年抗告審判第二、六二八号事件の審決謄本)によれば、本訴において取消を求められている本件抗告審判の審決は、原告会社(抗告審判請求人)と被告(抗告審判被請求人)とを当事者としてなされていて、宮部は当事者とされていないことが明らかである。ところが、特許法第一七八条の規定によれば、審決に対する訴は、当事者、参加人または当該審判もしくは再審に参加を申請してその申請を拒否された者に限り、提起することができるのであるから、本件抗告審判の審決の当事者になつていない宮部については、同審決取消の訴の原告適格がないことが明らかであり、本件審決については、当事者とされている原告会社が宮部と共同することを要せず、被告を相手方としその取消を訴求することができることは当然である。したがつて、本件特許権が原告会社と宮部との共有名義にかかるかどうかにかかわらず、原告会社の単独による本訴は適法であつて被告の本案前の申立は理由がないとともに、本訴提起の効力が宮部に及び共同原告となるむねの原告会社の主張もまた採用することができない。

二  そこで、原告会社の本訴請求の当否について判断する。

(一)  本件特許権についての特許庁における審判手続の経緯および審決の内容が請求の原因第一、二項において原告会社の主張するとおりであることは、当事者間に争がない。

(二)  本件特許権は原告会社と宮部の共有名義にかかるところ、被告から右両名を被請求人とする特許無効審判において昭和三二年一一月四日本件特許を無効とする審決がされ、その審決の謄本がその頃原告会社に送達されたので、原告会社は、この審決を不当として同年一二月二六日抗告審判の請求をし、その手続中抗告審判請求人に宮部の表示が追加されたわけであるが、共有にかかる特許権についてその権利者を一方の当事者とする特許無効の審判またはその抗告審判においては、その共有者の全員が共同して一方の当事者となることを要し、また共有者に対する審決はその全員について合一に確定することを必要とするのであつて、民事訴訟法にいわゆる必要的共同訴訟に該当すべき場合であるから、その一人のした審判に関する行為は、その全員の利益においてその全員のため効力を生ずべき筋合であると解される。そして、抗告審判手続の審判手続に対する関係は、現行特許法施行の昭和三五年四月一日以前にかかる本件の場合に適用のある旧特許法第一一一条の二の「審判ニ於テ為シタル手続ハ抗告審判ニ於テモ其ノ効力ヲ有ス」との規定からもうかがえるように、審判における基礎資料を前提としながら抗告審判で収集した新しい資料を追加して事件の再審理をし、不服の主張の当否を判断するにあるから、民事訴訟における第一審と控訴審のように、いわゆる続審的関係にあり、事件について上級審の判断がされるものである。したがつて、審判における共同被請求人の一人である原告会社のした本件抗告審判の請求は、他の共同被請求人である宮部にも利益な行為としてその効力を生ずべきものであるから、原告会社が単独でした本件抗告審判の請求もこれを不適法ということはできない。もし、そうでないとすれば、共同当事者の全員に利益な行為も、その一人がこれをしない限り、他の者は審判手続において自己の権利の伸張防禦をしえないという不当な給果を生ずることになる。

なお、ここで、右抗告審判の請求が宮部に利益かどうかについて、宮部は、本件特許が、初審審決の認めているように宮部の単独発明にかかるものとして、無効とされ被告の請求がすべて認容される結果になつても、原告会社の権利がなくなり、宮部としては、あらためて旧特許法第一一条の規定による正当権利者となることができ有利な立場になるから、本件抗告審判の請求は、宮部にとつて利益でないとの主張が考えられるとしても、もともと、必要的共同訴訟の審判において共同訴訟人の一人の訴訟行為が全員の利益においてのみ効力を生ずるものとされるのは、合一確定の必要上、訴訟資料の統一をはかり、かつ、共同訴訟人間の利害の調節をもはかろうとするにあるから、利益かどうかは、客観的に訴訟の全過程からみて共同訴訟人が当該訴訟で勝訴するに役立つかどうかによつてきめるべきものであり、しかも一般に、敗れたものにとつてこれをくつがえすため上級審の判断を受けることが利益であるといえることはいうまでもない。したがつて共同審判当事者において相手方に負けることに利益があるという右のような主張は、それ自体許されないというべきである。

また、被告は、必要的な共同当事者の一人がした審判に関する行為で全員に利益なものが他の共同当事者について効力を生ずるのは、共同当事者の全員が共同して適法な抗告審判の請求をした後の審判手続においてだけであると主張する。けれども、開始された訴訟または審判手続の発展において、前審で敗れたものがこれをくつがえすために、上級審に、上訴しまたは抗告審判の請求をすることは一連の手続の過程における共同当事者全員に利益な行為として、その全員のため共同当事者の一人によつても、有効にすることができると解すべきであつて、これと反対の被告の見解は採用することができない。

三  右のとおりであつて、原告会社のした本件抗告審判の請求は、必要的な共同当事者である宮部にもその効力が及び、したがつて、適法であることが明らかであるから、これを不適法として却下した本件審決は、失当として取消を免れず、この限りにおいて、原告の本訴請求は理由がある。よつて、これを認容すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 入山実 裁判官 荒川秀一)

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